【武の美 -武楽(ぶがく)- 公演案内】【武藝会通信】

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■月刊「武道」10月号■随筆■武の美が奏でる音楽■

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日本武道館発行の月刊「武道」10月号P114に見開きで随筆「武の美が奏でる音楽」が掲載されております。

以前、Twitterでお報せしましたが、書店でなかなか見つからないという声もありブログにて紹介させていただきます。

表紙は、今年の大河ドラマの主人公でもある平清盛の不忠を諌める清盛の長男•重盛を描いた中村麻美先生の表紙絵です。

巻頭カラー特集は、新連載「ロンドン五輪メダリストに聞く」の記念すべき第一回 松本薫(柔道•女子57kg級金メダリスト)。

靖国神社能楽堂奉納演武や町田時代祭などでご一緒させていただきました古流武術研究家•横瀬知行先生の巻頭カラー連載「武道の源流を訪ねて」は第七回 尾張貫流槍術。

巻頭対談は松永光日本武道館会長と小倉和夫東京オリンピック•パラリンピック招致委員会評議会事務総長の「オリンピックを再び日本で 下」。

随筆で掲載されておりますのは、青年真志塾で国会議事堂を見学に行った際にお世話になりました参議院議員•元教育再生担当首相補佐官 山谷えり子先生の「イスラエルで合気道を」P48と、剣桜会会長 大井昭彦先生の「学習院剣道の再興」P81など盛り沢山。
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また、この号にはP218に先の中村麻美さんの月刊『武道』表紙絵原画展もトピックで紹介されており、そのオープニングを祝う催しにて、松永光日本武道館会長、三藤芳生同理事•事務局長など錚々たるみなさまの前にて私と小鼓の仙堂新太郎さんとで祝舞を披露させていただいた様子も写真付きで紹介されております。

書店にては、ご注文いただければ手に入ります。定価530円。また、図書館にもございます。



【武の美が奏でる音楽】

   武楽創始家元 源 光士郎

 息詰まる緊迫感。
 命を賭して大切なものを守るために磨かれた武術、その目的の為に一切の無駄を削ぎ落した術理の拮抗。
 その均衡が極限まで高まったその瞬間、静から動への一閃。
 美の神が宿り、深遠なる音楽が奏でられる。
 今、私は武楽という美の新たな表現様式の確立に挑んでいます。

 武楽は日本の伝統武術である居合、剣術、騎射、薙刀などの術理に伝統芸能である能の諸要素、そして和楽を融合させた、日本の芸能に新たな境地を開く試みであると自負しています。
 この武楽を構成する三要素、特に能の世界観と所作(身体技法)、和楽の音律則は、既に研ぎ澄まされた「機能美」として完成された武術の術理をより神聖なる高みへと導きます。
 能の世界観は幽玄の世界との遭遇です。
 例えば、「屋島」(八島)。
 生前の戦の罪により、死後、修羅道に堕ちた武人たちの苦しみを描く修羅物の中でも、世阿弥の名曲中の名曲とされる演目で、都から来た旅の僧(ワキ)に、源義経の化身であるとほのめかして姿を消した漁翁(前シテ)が、僧の夢に甲冑姿のりりしい義経(後シテ)として現れ、弓流しの故事や修羅道での能登守教経との戦いの様を見せ、朝嵐の中に消えていくという内容です。
 この現世と異世界の関係を表現するため、現世に生きている旅の僧を演じるワキ方は面(おもて)をかけない直面(ひためん)とし、異世界の住人である源義経の亡霊を演じるシテは面をかけて幽玄の美を表現します。
 この幽玄の美と世界観を支えるのが能の「ハコビ」という所作です。ハコビとは能の独特な歩行方法を指しますが、面を「運ぶ」という意味からこのように呼びます。面は能の世界に神々しさや妖(あやかし)さなど幽玄の美を生み出しますが、不思議なことに無造作に動かしてしまうと途端にその神聖性が失われ、単なるモノになってしまうのです。そのためにハコビという所作が生まれたのです。
 このハコビという所作は実は武術にも通じています。
 そもそも能とはエネルギーを外に発散するのではなく、内に篭めていきます。それは歌舞伎が掌を外側に返す一方、能は掌を内側に向ける、という所作の違いにも現れますが、その制限された所作に込められた緊迫感が観客を神聖の領域へと引き込みます。
 その感覚は、仕合における拮抗の中で、術者双方の集中力が高まり生じる「間」が発する静謐の世界にも通じています。
 この静謐の美を音楽として見事に表現しているのが和楽です。
 なぜ武楽に和楽が欠かせないのか、それは和楽が西洋音楽のように一小節に何拍音符を埋めるという方法論ではなく、音と音の「間」さえも音色とする静謐の音律をその世界観に包含しているからです。
 もちろん、武楽は静謐な音色だけではありません。動から静へ、静から動へと閃光を発する神聖なる美を表すために、あるいは静謐な、あるいは爆発的な世界を表現しなければなりません。神楽や雅楽、能楽、歌舞伎などを参考にしつつ、勇猛豪壮な音色を奏でる薩摩琵琶や高雅な調べと躍動的な旋律の箏、大地の鼓動や雷鳴を表す和太鼓も取り入れています。
 この世界観、所作、音律則を受け止め、更なる神聖を表す武術の術理が持つ美とは何か。それは研ぎ澄まされた術理の発する無音の様式美です。
 この無音の様式美を巨匠黒澤明監督は映画「椿三十郎」の壮絶な一騎打ちの名場面で見事に表現しています。
 すなわち椿三十郎(三船敏郎)と室戸半兵衛(仲代達也)という二人の剣豪が対峙し、微動だにしない緊張感が発する「間と均衡の美」、その均衡が極限まで融合し「静が動に転化する瞬間に現れる閃光の美」です。
 噴き出す凄まじい血飛沫が話題になるこの名場面ですが、黒沢監督の台本には「長い恐ろしい間があって、勝負はギラッと刀が一ぺん光っただけで決まる」とあります。意識するしないにかかわらず、実はこの「長い恐ろしい間」に間と均衡の花が凝縮されているからこそ、あの血飛沫が「伝説」となるのです。
 欧米でこの映画が公開され、その瞬間を迎えたとき観客全員が立ち上がり、拍手の嵐が鳴り止まなかったと言われています。それは血飛沫の大胆な勢いだけによるものではなかったはずです。
 能の持つ幽玄の美と和楽の持つ静謐と閃耀(せんよう)の音律則を、武術の持つ無音の様式美に融合し、昇華したところに美の新たな表現体系としての武楽があるのです。
 この武楽の世界観を一人でも多くの方々に知っていただくために設立した武楽座は、大変光栄なことに靖国神社能舞台、生田神社、鹿島御児神社、建長寺での国際交流企画を始め全国の社寺で奉納公演を行うとともに、美術ギャラリー、フジロック・フェスティバル、また、ロンドン、パリ、フィレンツェ、ブリュッセル、エルサレム、上海など海外でも武楽を披露させていただきました。
 特に思い出深いのはイタリアのフィレンツェでの公演です。ジョットが腕を振るい、ミケランジェロやガリレオが眠る世界遺産サンタ・クローチェ聖堂での公演は歴史の巨人たちとの時を超えた真剣な心の感応を得、私に大いなる成長の機会をもたらしてくれました。
 今は私自身、創始家元として、日々研鑽に励むとともに、武楽の美を一人でも多くの方に伝えなければならないという思いがあります。
 美の新たな表現たる武楽を、是非一度ご堪能ください。
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by bugakuza | 2012-10-28 18:52 | ■メディア掲載■

和太鼓、小鼓、能管などによる力強い奏楽と琵琶語り、そして武道・武術の動きを基にした武踏による躍動的な技藝「武楽」の公演 及び 武藝の稽古、研究を目的とした会「武藝会」の案内です。


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